成長を突き詰めたからこそ出会えたミッション。“社会をエンパワー”するジノビア代表 堀井俊和のキャリア

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2015年、医療領域などでスタートアップの新規事業支援に取り組む株式会社ジノビアを立ち上げた堀井俊和さん。Windowsアプリ開発のエンジニアとしてキャリアをスタートした後、特許の出願をサポートする特許技術者としても活躍、複数の企業でCTOを経験しました。

「新しいチャレンジをしなければ、次の成長は来ない」とスキルを磨いた果てに、人や社会をエンパワーするために起業を決意した堀井さん。彼の話からは、目の前の仕事にがむしゃらに向き合う人へのキャリアのヒントが伺えました。

プロフィール| 堀井 俊和

独立系ソフトウェア開発会社でソフトウェアエンジニアとしての経験を積んだ後、株式会社パイプドビッツにて取締役CTOに就任し、IPOを経験。その後、スタートアップでのCTO職、エムスリー株式会社でのエンジニア/グループリーダ職を経て、2015年に株式会社ジノビアを創業し、代表取締役に就任。技術革新を通じてサステイナブルな社会を実現・支援するためのプロダクト造りに従事している。また、これまで培ってきたエンジニア経験や特許コンサルタント経験を活かしたスタートアップ支援も行っている。
株式会社エルコイン取締役、エムスリー株式会社エンジニアリングフェローも兼任。

研究者かエンジニアか、決め手は“社会へのインパクト”

—まずはプログラミングを始めたきっかけを教えてください。

小学生の頃、兄の影響で始めました。中高生の頃はアセンブリ言語でゲームを自作して雑誌に投稿したり、他の人が開発したソフトウェアを改造したりして遊んでいました。

—大学では物理学科に進まれていますよね。情報系の学科は検討しなかったんですか?

高校2、3年生くらいから、物理が面白くなり始めたんです。アセンブリ言語やC言語は個人で研究できる範囲が広かったこともあり、大学では物理学を専攻しました。学外ではフリーソフトウェアやシェアウェアの開発コミュニティにも出入りしていて、ソフトウェアの仕様設計やプロダクトの改善に携わっていました。

—では、卒業後は迷わずエンジニアの道へ?

いえ、そもそも研究を続けるか、就職するのか迷っていました。ただ、当時は漠然と「なるべく早く、大きく、社会にインパクトを与えたい」という想いがあった。研究者として一つの分野を深く突き詰めるより、エンジニアとしてソフトウェアを通じ、多くのユーザーに関わる方が近道なのではないかと考え、就職を決めました。

—新卒で、Windowsのパッケージソフトウェア開発を手がけるデービーソフト株式会社に入社された理由は何だったのでしょう?

開発しているプロダクトと社内の雰囲気に惹かれました。ただ、就職すると決断したのが遅かったので、しっかり他と比較して決めたわけではありません。まだ募集を締め切っておらず、大学からも近く、かつ名前も知っている会社だったので、急いで受けて内定をいただきました。結果的に大きく成長できた環境だったので後悔はないですが、今振り返ってみると、もう少し真面目に就職活動しても良かったなとは思います(笑)

“成長曲線を最大化”するためのキャリア選択

—その後、2011年にエムスリーへ入社するまでは、かなり短いスパンで転職されていますよね。

キャリアの初期は「社会にインパクトを与えるために成長しなければ」という気持ちが強かったんです。どの会社で働いていても、2年くらい経つと成長速度が遅くなる実感があり、2、3年ごとに新しい環境に身を置いていました。

2社目のネットワークゲーム用のミドルウェアを開発している企業、3社目の特許事務所も、技術的に面白そうか、ストレッチが求められるかという軸で決めました。

—特許事務所ではどのような仕事をしていたんですか?

主に特許出願書類の作成や、クライアント企業の技術者・研究者へのコンサルティングです。彼らの開発している技術がいかに新しく、かつ幅広い分野に応用できるのか、ヒアリングとディスカッションを重ねながら設計図や実施例に落とし込みます。技術者や研究者を集め、丸1日使ってブレスト大会を開いたこともありました。

最先端技術への知識だけでなく、それらを他分野に応用するための発想力、隙のない特許を設計する論理構造力も求められます。当時の私にとって大きなチャレンジでした。

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——そこでも2、3年くらい経つと、また次のチャレンジを模索し始めた?

そうですね。特許事務所で新しい発想や発明に触れている中で、自分もプロダクトづくりの現場に戻り、スキルを磨きたくなっていきました。また、変化や成長のスピードが速い、インターネット上で事業展開しているベンチャーやスタートアップで経験を積みたい気持ちもあり、転職を検討し始めました。

——その後、SaaS系のソフトウェアを開発する株式会社パイプドビッツ、Webアプリケーション事業を展開する株式会社アライクでCTOを務められています。この2社はどのように選んだのでしょうか?

どちらもこれまでと同じく技術的に面白いか、成長できそうかの二軸で選びました。パイプドビッツは、他社に先駆け、SaaS型のビジネスモデルで成功を収めていた点と、代表者の技術への理解の深さに惹かれましたね。無事に上場を見届けた後、ビジネスモデルの構築含め、事業づくりにゼロから携わってみたくなり、株式会社アライクに転職しました。

——どちらの会社でも求めていたような「成長」は得られましたか?

申し分のない環境でした。特に2社目にCTOを務めたスタートアップは立ち上げ期だったので、プレイングマネージャーとして、事業づくりからプロダクト開発、エンジニアやデザインチームのマネジメントなど何でもやらなければいけない状況。ハードワークでしたが、できることが増えていく実感が得られたので、苦ではありませんでした

2社目の立ち上げが落ち着く頃には「Webサービスなら何でもつくれるだろう」という自信も芽生えていました。この頃からやっと「自己成長」以外の軸でも、キャリアを考え始めたように思います。

いかに社会へ貢献するか。成長の先で原点に立ち返る

—「成長」以外の軸というと?

インターネットやソフトウェアを用いて、社会にどのようなインパクトを与えたいのかを考えるようになりました。自己成長するかだけでなく、社会にどう貢献するのか。新卒の頃に思い描いていた目標に改めて立ち返ったんです。

そこで思い浮かんだのが「医療×テクノロジー」でした。当時、インターネットを使った医療サービスが伸びていて、今よりも便利な医療の仕組みを構築できるのではないかと期待していました。業界を牽引する立場にいるエムスリーなら、医療×テクノロジーで面白い挑戦ができるし、社会へ与えられるインパクトも大きいだろうと考えたんです。

—エムスリーではどのような仕事を担当していたんですか?

薬剤師向けのキャリア支援サービスの開発を担当しつつ、自ら提案して顧客向けのメール配信ツールを開発しました。その配信ツールが全社展開されるタイミングで、全社横断の基盤システム開発チームに異動。エンジニアのマネジメントも担当しました。

—前の2社に比べて、マネジメントする組織規模も大きくなったと思いますが、苦労しませんでしたか?

当初は、前職の癖で現場の仕事に関わりすぎてしまい、チームメンバーから「やりづらいい」とフィードバックを受けました。エムスリーのエンジニアは優秀な方が多く、「なぜやるか」を明確に伝えれば、期待以上のアウトプットを返してくれる。そのため、彼らを信じ、私自身はビジネスサイドとエンジニアサイドの橋渡しになろうと意識を切り替えました。

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—CTO時代よりも現場に任せられるようになっていったんですね。

そうですね。適切にビジネスサイドとエンジニアサイドのコミュニケーションが行われていれば、現場に手を出さなくても、エンジニアサイドのアウトプットの精度は自ずと高まる。そのあたりを設計していく面白さに気づきました。

それまでプレイヤーとして動くのが好きだと思っていましたが、周囲がスムーズに動けるよう環境を整え、組織を課題解決へ動かしていく仕事も楽しめるのだな、と。仕事内容だけでなく、エムスリーはカルチャー的にもフィットしていて、私のキャリアのなかでは最も長く働きました。

やるなら今しかない。“人や社会をエンパワーする”ための起業

—そのままエムスリーでキャリアを積もうとは思わなかったんですか?

3年半を過ぎた頃から「そろそろ次に進んでも良いかな」と考えるようになりました。どの会社にいても、ひと段落すると新しいチャレンジをしたくなる性格は相変わらずで。加えて「起業をしてみたい」という気持ちも高まっていました。自らがすべての意思決定を担う環境で挑戦したかった。

—CTO時代も、意思決定を任される範囲は広かったと思うのですが、それでは足りなかった?

やはり創業者ではないので根本の思想や意思決定は担えません。だからこそ、一人で事業の責任を背負った上で、どのくらい社会へ価値を生み出せるのかを知りたかった。ちょうど2015年、40歳を迎えた頃。エムスリーで携わっていたプロジェクトもひと段落つき、「今しかない」と起業を決断しました。

—現在、株式会社ジノビアでは、どのような事業を展開しているんですか?

「テクノロジーを通じて人や社会をEmpowerする」をミッションに掲げ、医療xITやブロックチェーン技術などの領域で、スタートアップの新規事業支援に取り組んできました。また、政治にまつわるイノベーションにも関心があるので、自社サービスも含めて事業領域を広げていけたらと考えています。

—起業後もエムスリーにはエンジニアリングフェローとして関わられていますが。どういった形で就任されたのでしょうか?

在籍中に開発したメール配信システムを評価いただき、エムスリーからフェロー就任のオファーをいただきました。新規事業に関わる技術的なアドバイスやサポート、エンジニア採用への貢献などの活動をしています。

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—新卒から今に至るまで、常に新しい領域に飛び込んでいますが、不安を感じることはないのでしょうか?

元々悩んで立ち止まるより、とりあえずやってみようとする性格なのだと思います。それに、これまでのキャリアを振り返っても、独学を長く続けるよりも仕事で実践してアウトプットする方が素早く成長できました。新しい領域に飛び込むか迷っているエンジニアの方がいたら、ぜひ何でも挑戦してみてほしいです。

—kiitokの1on1でもそのように背中を押すような話をされることが多いですか?

背中を押すというより、私のキャリアから「何とかなるんだな」と思ってもらえたら嬉しいですね(笑)気負わずチャレンジしてほしい。

最も大切にしているのは、その人の本質的な課題をヒアリングすること。経歴やスキルを踏まえたアドバイスではなく、その人自身が何に悩んでいるのか、何を目指しているのか。根っこにある想いを一緒に探し、「こっちに進んだら良いのでは」と次のチャレンジにつながるアドバイスができたらと思っています。

—ありがとうございました!

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