不安と向き合った先でキャリアが拓けた。PECO CTO平田基が内省を欠かさない理由

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株式会社PECOのCTOを務める平田 基(ひらた もとい)さんは、株式会社DeNAのサーバーサイドエンジニアとして腕を磨いた後、副社長としてスタートアップ立ち上げを経験しました。

プログラミング未経験から、数十人規模のエンジニアを束ねるCTOを務めるようになる過程で、平田さんは自らの内面と向き合う大切さに気づいたといいます。新卒時代に遡り、話を伺いました。

プロフィール| 平田 基

京都大学大学院(農学研究科応用生物科学専攻)修了後、2010年大手IT企業入社。サーバーサイドエンジニアとして大規模プラットフォームの基盤開発を担当。大手サービスの広告管理システム開発責任者を経て、2014年ミーニングの立ち上げで副社長に就任。2015年にPECOに参画、CTOに就任。長期休暇は、実家暮らしの愛犬と遊ぶことに費やされている。

未経験でエンジニア。必死で食らいついた研修期間

―まずはプログラミングをはじめたきっかけ教えてください。

就活をしていた頃、とあるコンサルティングファームの面接で「君は全体を網羅していくタイプの考え方をしているから、エンジニアが向いているんじゃない」と言われたんです。確かに、昔からブラックボックスになっているものが嫌いで、一から百まで仕組みを把握してくのが好きな性格。そこをきっかけにIT業界を見ていくなかで、DeNAから内定をもらい、エンジニアとして配属されました。

―DeNAに入社したのはなぜだったのでしょう?

会社としてエンジニアを増やしていくタイミングで、未経験でも挑戦できる機会があったこと。何より、個人の持てる裁量の大きさと、物事を前に進めていくスピード感に惹かれました。DeNAは、多くの社員が事業レベルで責任を持ちます。例え経験が浅くても「お前はこれをやりきれ」と任され、ストレッチしながら必死でやっていく。こういった働き方がとてもエキサイティングだと感じました。

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—実際に入社してみていかがでしたか?

研修期間中は常に不安を抱えていました。振り返ると恥ずかしいのですが、学生時代は「自分はそこそこできる人間だ」という自信があったんです。でも、入社すると周囲は、それぞれのコミュニティで抜きん出ていた人ばかり。エンジニアの同期のうち半分くらいは未経験者でしたが、すぐに評価され、研修を終えていく人たちもいる。その姿を見て、「自分はできない人間なのでは」と自信を無くしそうになりました。時間と気合いでカバーして何とか乗り越えましたね。同期やメンターにも恵まれていたなと思います。

無事に研修を終えてからは、サーバサイドのエンジニアとして、最初の2年間は広告事業、その後はソーシャルゲームのプラットフォームに携わりました。

エンジニア2年目、10年選手を束ねるチームリーダーに

―配属されてからも、未経験だと色々大変だったのかなと思います。特に苦労したことなどはありますか?

現場に出て1年ほど経った頃、チームリーダーが抜けて、僕が引き継ぐことになったんです。目の前の仕事に必死だった新人が、10年選手のエンジニア4人を指揮するリーダーになる。たった一つの障害で膨大な売上が失われる可能性があるのでミスは許されません。その上、当時はスマートフォンが一気に普及していた時期で、広告事業では新たな商品開発が求められていました。

つまり、既存のものは徹底的に守りつつ、新しい世界をつくっていく必要がある。未熟な自分にとって、両方のバランスをとって推進するのは本当に難しい仕事でした。

—想像するだけで胃が痛くなります...。どのように進めていったのでしょう?

研修と同様、時間と気合いで、がむしゃらに取り組みました。当時の記憶が曖昧なくらいです(笑)。

ただ、必死でやっていくうちに、「プログラムを書くことは仕事のごく一部でしかない」という前提で行動するようになっていました。何をどうつくるべきかを判断し、部署を問わずステークホルダーに協力を仰ぐ。その上でスムーズに連携が進むよう支援する。プロジェクトを推進する行動を積み重ねることで、徐々にバリューを出せるようになりました。

もちろん、夜に必死で開発も進めました。結果、チームの目標も無事に達成し、当時の部署のトップからも評価していただいた覚えがあります。

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—苦労を重ねながらも、しっかりと成果を上げていったんですね。部署を移られた後はどのような役割を?

ゲームプラットフォームの部署では、主に開発を担当していました。ただ他部署との連携が欠かせない部署だったこともあり、プロジェクトを推進する動きが求められる場面も多々ありましたね。

「これをやりきる」と決めるために選んだ起業

—着実に成果も残せていたなか、なぜ5年目にDeNAを退職、起業を選んだのでしょうか?

いくつもプロダクトに携わるなか、ふと1年目や2年目ほどのがむしゃらさがなくなってきていることに気づきました。

もちろん業務へは真剣に取り組んでいましたが、会社から離れてもずっと考えているぐらい没頭し続けていたくて。ただ、自分には「このプロダクトに携わりたい」と情熱を傾けられる領域が当時見つかっていませんでした。例えば、ゲームが好きだからソーシャルゲームとか、食が好きだからレシピアプリとか、猛烈な「好き」がなかった。むしろ、どういうふうにプロダクト開発や事業を推進していくかという動き方に関心があったんです。

それなら、愛着を持てるプロダクトを自ら生み出し、「これをやりきる」と決めたら良いのではないかと考え、起業を意識し始めました。

—社内で新規事業を立ち上げるなどの検討はしなかったんですか?

考える前に、話が進んでいったという感じですね。ちょうど意識し始めた頃に、10年ぶりに会った中学時代の友人と意気投合。彼を含む友人の4人で起業しようと、トントン拍子に話が進んでいったんです。

—起業してみて、一つのプロダクトについて考え続ける環境は向いていると感じましたか?

向いていたと思います。ただ、同じ「考え続ける」でも、頭の使い方が全然違うとは想定しきれていませんでした。

DeNAでは、誰かが「広告事業をこうしていきたいから動画広告つくって」という前提があって、どうしたら良いのかを具体化していきます。だから、そもそも何をやればいいのかを考える機会は少なかった。

当然ですが、ゼロから事業を立ち上げる場合、何のために何をするのか、どうやるのか、すべて委ねられています。全く違う思考の枠組みが求められる。そこにシフトしていくのは難しくもあり、やりがいも感じていました。

—会社自体は、順調に成長していったのですか?

いえ、僕も含め、ゼロから事業を立ち上げた経験のあるメンバーがいなかったので、相当苦労しました。とくに、事業として成長させていく道筋が中々見えず、フラストレーションが溜まる一方でした。

プロダクトのコンセプトも固まり、システムも開発できた。けれど、出来上がったプロダクトを事業として成長させる力が欠けていた。これが致命傷となり、解散することになりました。

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興味関心と事業領域が初めて重なった

—その後、ペット専門メディアを運営する株式会社PECOに転職しています。きっかけは何だったのでしょうか?

解散した頃、ちょうど代表の岡崎がPECOを立ち上げようとしていて、会って話をする機会があったんです。岡崎はDeNAの同期で、彼が新卒から事業づくりに取り組んできたこと、自分に足りない力を持っていることも知っていました。彼と一緒なら、起業した際とは違う景色が見えるはずだと考えました。

また、僕自身がペットを飼っていて、事業内容に惹かれたのも大きいですね。個人的な興味関心と、事業内容が見事に重なったんです。

—起業前に考えていた「情熱を傾けられる」対象と出会えた?

まさに。自分で生み出したかどうかと同じくらい、興味を寄せられるかどうかも重要だと改めて感じました。自分自身がユーザーなので、彼らが何を感じているのか想像しやすい。ユーザーを身近に感じられる方が向いていたんだなと気づきました。

—CTOとしてジョインされて、どのような役割を担っていたのでしょうか。

当初はシステム開発全般です。PECOの主要サービスであるメディアやeコマースは、システムとして複雑なものではありません。ただ、マーケティング施策を行うにあたり、短いスパンで改善を回していく必要があります。安定性とスピード感をいかに両立させ、開発を進めていくのか、日々挑戦の連続でした。

「手放せない」の裏にあった不安と向き合う

─ジョインしてから、組織規模が大きく変わるフェーズを体験されたと思います。組織面で挑戦だったことはありますか?

多くのスタートアップが共通してぶつかる壁だと思いますが、権限移譲に苦戦しました。僕自身が、すべてを把握しておきたい性格だったこともあり、エンジニアやデザイナーが一桁を超えてからも、あらゆるプロジェクトに深く携わっていました。

当然しばらくすると一人では見られなくなり、権限委譲を進めることになりました。しかし、いざ委譲しようとなっても丸投げになってしまったり、逆に任せる範囲が限定的で動きづらい状況を作ってしまったりと何度も失敗を経験しました。もちろん、単純に進め方がまずかったというのもありますが、自分の中でうまく割り切れない部分が足かせになっていました。自分ひとりではできないとわかっているのに、うまく手放せず歯がゆい思いをしました。

—どのように折り合いをつけていったのでしょうか?

ロジカルに考えると、手放した方がよいと理解できる。けれど、心の中に手放したくないという感情がある。その理由を深掘りしていきました。

一つは、冒頭に話した通り、僕はブラックボックスな状態がとても苦手で、すべて把握したい気持ちが強い。要するに現場で起きていることがわからなくなるのが怖かったんです。

もう一つは、現場を見ていないと、エンジニアとしてバリューを発揮できていないのではないかという恐れです。「自分は不要なのだ」と思うことに、恐怖感を持ちやすい性格なのだと、そのとき初めて意識しました。

—その不安や恐怖感は、どのように払拭していったのですか?

バリューを発揮できなくなることを恐れていると認識できてからは、中期計画を練ったり、そこに向かうためのアクションを起こしたり、CTOとしての仕事に意識を向けるようにしています。これが自分の発揮すべき価値だと確認しながら、一歩ずつ現場を手放していきました。

振り返ると、勝手に「コードを書き、プロダクトを作ることが僕の価値だ」と思い込んでいたんです。そこを脱してからは、今後のキャリアについても視界が開けてきたように感じています。

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—今日話を伺っていて、自分が何を感じているのか、とても丁寧に向き合っている印象を受けました。

自らの性格の偏りや思考の癖、大切にしたい価値観に気づけず、苦しい思いをしてきました。根本的にどうありたいかがわからないから、どんなに仕事で努力しても満足できず、思い悩んでしまう。そういった経験から、自分がどういう性格で、どういう価値観を持っているのか、解像度高く把握することが大切であると感じています。

—社内の面談やkiitokのメンタリングでも、そういった点を深掘りしていくのですか?

なるべく、相手がどのような感情を抱いているのか理解してから相談に乗ります。もちろん、課題の整理が論点であれば、構造化してボトルネックを一緒に探しますし、知識や経験があれば解決する状態であれば、それらをお伝えすることに重きを置きます。

ただ、その根っこにある課題が、その人固有の価値観や性格に根ざしている場合も少なくありません。その時には、それを自覚できるような深掘りを重ねていきます。結果として、相手のなかで何かしらのブレイクスルーが起きるのをサポートできると嬉しいですね。

—ありがとうございました!

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