起業の失敗、SESを経てリブセンスのエンジニアリングマネージャーに至る 竹馬力のキャリアパス

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不動産価格査定サイト「IESHIL」を運営する株式会社リブセンスのエンジニアリングマネージャーを務め、『3ステップでしっかり学ぶ Ruby入門』(技術評論社)などの著書を持つ竹馬力(ちくばつとむ)さん。

竹馬さんはエンジニアとしてどんな志向を持ち、これまでどういったキャリアを歩んできたのでしょうか。じっくりお話を伺いました。

プロフィール| 竹馬 力

東京工業大学理学部を卒業後、ベンチャー企業を経てフリーランスエンジニアを7年経験。戦略PR会社ビルコム株式会社にて開発マネージャーとして新規事業に従事。2013年に株式会社リブセンスに入社。不動産価格査定サイト「IESHIL(イエシル)」立ち上げを経て、現在、データエンジニア/エンジニアリングマネージャー。本業の傍ら、技術顧問/技術関連の執筆も行っている。

「自分で事業をしたいから」新卒は非エンジニアで就職

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ーまず竹馬さんご自身の経歴から教えてください。

プログラミングとの最初の出会いは中学時代からはじまります。1991年~1992年頃の時点で既に中学校の計算機室にPC-98が並んでいて、そこで遊び半分でBASIC言語でプログラミングしたりしていましたね。

そこから高校に進学して、物理の面白さに出会いました。国語や英語は全然ダメだった一方、システマティックに世の中を捉えることに魅力を感じたんです。「万有引力ってこういうことか!」みたいな。加えてもともとロボコンが好きだったこともあって、東工大へ進みました。ただし物理学者を目指してですが(笑)。
 
 

―大学時代にはどのような研究をしていたんですか?

潮汐力(潮の満ち引きを引き起こす太陽と月の引力)が地震のトリガーになっているのではないか?という仮説を証明する研究をしていました。実際に気象庁から20年分くらいのデータをもらって、無感地震なども含めた傾向を分析して、地震予測の分析なんかをしていた。

当時からデータ活用をしていたことは、現職で不動産のビッグデータをみていることとつながりを感じますね。当時はLinux上のEmacsでFotranでプログラムを書いてました。現在はVimmerですが(笑)。
 
 
ー当時は研究しながら、インターンもされていたんですよね?

そうですね。研究もやりながりではあったのですが、大学に入ってからはいろいろな人と話すなかで、社会はどう動いているのか、人の気持ちはどう動くのか、どうやって意思決定するのかといった領域に次第に興味が移っていきました。

それを突き詰めて考えてみると、世の中を動かすのは結局のところ新しいサービスだなと感じました。それで大学3年の時に事業やサービスを開発できる経験をつみたくインターンに参加したんです。
 
 
―インターンでは具体的にどういったことを?

学生起業支援サイトのディレクターやマーケティング、企画に近い仕事をしていました。結局、そのサイトはクローズしてしまったんですけど、今のSNSのようなサービスでした。
 
 
―大学院に進まず、そのままインターンをしていた会社にエンジニア職ではなく、営業職として入社するわけですが、それにはどのような背景があったのですか?

先程お伝えした、世の中を動かす仕組みを事業としてやりたい。そのために事業の経験をしっかりと積みたい、という想いからですね。

特にその頃、リクルートで働く人と話す機会が多くあり、事業によって新たな仕組みづくりを実践している彼らと話すことで、この想いがより強くなっていきましたね。

一方で明確にやりたいことがあったわけではなく、まずは利益をあげる事業により近い立場で関わるという経験をつみたい想いが強かったです。
 
 

ブラックな環境だった新卒時代を経て、学校教師、起業という異例のキャリア

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ー入社後はどのような仕事をしていたのですか?

仕事としては、主に飲食店のフランチャイズ枠を売る営業です。オーナーを探して、店舗の物件を探して、開店をサポートして、SV(スーパーバイザー)をつける。

いろいろとやることはあったんですが…正直なところ、会社のビジョンと実態が離れすぎていると感じていて、営業にしてもノウハウや仕組みがなく、完全に人海戦術でした。100名以上いた同期がどんどん辞めていくなか、自分も9ヶ月くらいで退職しました。
 
 

―その後は?

数字ありきの仕事ではなく、もっと人に密着した仕事、人を扱う仕事がしたいと思うようになって、大学時代に興味を持っていた教育に携わろうと考えました。自分自身の経験を振り返っても、特に小学校低学年の頃の体験は人格形成に大きく影響していたなと。そこで良い影響を与えられえる人になりたいと考えて、通信制の大学で小学校の教員免許を取りました。

東京都の教員採用試験にも合格して、渋谷区の教員としての最終面接をするタイミングで学生時代の友人から「一緒にビジネスをやろう」と声をかけられたんです。

 
 
―そこで起業の熱、新規事業への想いが再び…

そうですね。ただ、結局はうまくいきませんでした。

やろうとしていたのはある会員制サービスなんですが、構想は大きい割にみんな経験に乏しく、たとえばシステム開発を外注するにしても自分も含めシステムに詳しい人間が誰もいなかったんです。それで頓挫してしまい、600万円くらいの借金だけが残りました。それが25歳、2004年頃ですね。
 
 

25歳でエンジニアとしてスタートする決意を

―起業の頓挫と借金は、かなりハードな経験ですよね。

ただ、この時の苦い経験が大きな方向転換になりました。だいぶ落ち込んではいたものの、「自分は何が好きなのか?」、「何が得意なのか?」、「自分は何者なのか?」、徹底的に突き詰めてスキルの棚卸しをしました。そこで行き着いたのがエンジニアです。

コードを書けないのにシステムを開発しようとしていた過去の反省もありましたし、結局のところ事業やサービスの本質は仕組みづくりです。最初の会社のような人海戦術ではなく、まずは仕組みをつくることが大切。それはつまりエンジニアの役割だと。それで25歳の時にプログラマーとして現場に出られる仕事を探し始めました。
 
 

―エンジニアのスタートとしては比較的遅いですよね。

遅いと思います。ただ、先ほど話したように子供のころから環境には恵まれていましたし、大学時代もデータに触れてプログラミングもしていたので、完全未経験というわけではなかったんです。それである会社の社長が自分の経歴を買ってくれて、業務委託の形でスタートしました。

現場は富士通で、仕事は障害時にSEがミドルウェアのログを取るためのツール開発です。最初はCやPerlでコードを書いていたんですが、その後ツールの生成自体をwebで自動化することになって、そこでPHPにも触れました。
 
 

―富士通ではどれくらいの期間仕事をしていたんですか?

4年間SESとして常駐していました。業務委託ではあったものの、ミドルウェアを統括する部署にいて、コードを書くだけでなく、仕様書の作成や企画、富士通の社員に同行しての顧客訪問など、システム開発に必要なことを一気通貫でやらせてもらいました。現場改善のために、時にはやる気のない社員を刺しにいったり(笑)。

そうしたなかでエネルギーを持て余していることに所属元の企業の人が気づいてくれ、店舗とECをもつ大手小売の案件に配属されることとなりました。

そこで最初に担当したのは、キャンペーンを自動生成するためのシステム開発です。複数のパートナー会社が集まって進めていたんですが、常駐先の担当者が厳しい人で、設計書レビューの段階から何度もやり直しをさせられている状況で、そこの調整役を任されたんです。

完全なウォーターフォール開発だったので、融通が利かない部分もあって、土日も返上で大変でしたが、その一方BtoCのサービスでやりがいも感じられましたし、非常にいい経験になりました。何とか食らいついてやっていくなか、サイトリニューアルのサブPMとして、店舗検索・在庫検索の機能開発にも携わりました。
 
 

新規事業の開発マネージャーとして開発効率を2倍に

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―その後、竹馬さんはデジタルプロモーション事業を手がけるビルコムへ転職します。この時の転職にはどんな理由があったんでしょうか?

先程の現場ではサイトリニューアルした後に開発案件が徐々に減っていて、インフラ整備など比較的面白そうな仕事を見つけてやってはいたものの、「このままでいいのか?」と常に悩んでいました。

収入も金額としては十分だったんですが、請け負いでエンジニアの単価が決まっている以上、増える見込みはありませんでした。このまま今の環境に安住していたら停滞すると感じたんです。
そこで、さらに上を目指すため、アドオンするためにはどうするか考えざるを得ない状況でした。

もう1つ大きかったのは責任ですね。もともと自分で事業をつくりたい、起業したいという想いがあったので、丸ごと任せてもらえる責任が欲しかった。
そこにビルコムの新規事業の開発マネージャー、つまり事業を起ち上げて組織をつくりながらエンジニアリングもできる仕事の話がきたので、意を決して7年間業務委託としてお世話になった会社を辞めました。

ビルコムでは、まず人が足りなかったので、採用と組織づくりから始めました。業務委託と社員の両方を採用し、顧客先に常駐して深夜まで対応していたことも(笑)。大変でしたけど、裁量を与えられていいチームが作れたと思います。開発工程をアジャイル化して開発効率を2倍にして社内表彰も受けました。

ただ、1つ心残りだったのは、自分が入社した時点でビルコムの事業・サービス自体は既に固まっていたこと。そこで文字通りゼロから事業の立ち上げに参加できる環境を求めて、今のリブセンスへ転職しました。
 
 

経営者や事業オーナーを握るのが開発マネージャーとしての大事な仕事

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―リブセンスではどのような経験をされてきたんですか?

最初は転職領域のサービスにジョインし、その後は不動産価格査定サイト「IESHIL」の立ち上げを担当。以後エンジニアリングマネージャーとして開発の組織づくり・サービス推進を進めています。
 
 
ーいまの役割の上で大切にされてることは?

前提としてビルコム時代からずっと感じていたことですが、開発だけでできることはあくまで限られているということ。

開発チームのアジリティが上がって多くの開発ができるようになったとしても、事業を成長させていくためには非エンジニア組織の効率化、ブランディング、採用、評価、さらには新規事業のビジョンとか…エンジニアだけの動きでは解決できず、より高い視点、視座で経営陣と話す必要があると考えています。

そのために、自分は2つの役割があると思っています。
1つはエンジニアの組織をどう良くしていくかという観点から経営層に働きかけること。

もう1つは、自分は不動産事業にいて、事業内CTOみたいな役割もあるので、事業オーナーとしっかりコミュニケーションをとること。「このプロダクトはこういう技術的負債があるから、これくらいのバジェットを確保しないと、計画的に技術的負債を返済できない」とか。そういった調整・助言も今の役割として重要だと思います。
 
 

毎月欠かさず転職活動をしてきたことでキャリアが見えてきた

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―竹馬さんご自身のキャリアのなかで大切にしてきたことは何ですか?

常に大切にしてきたのは、自己分析を怠らないことですね。

自分はいま何を積み重ねている状況なのか、今どうしたいのか、今後どんな方向に進みたいのか、逆にやりたくないことは何かー。

キャリアというのは決して未来の話ではなく、結局のところ「今」の積み重ねです。目の前の仕事に全力投球しつつ、現状を常に整理してモチベーションに転化することが大切だと思います。

もう1つは、転職活動を続けてきたこと。

自分の市場価値を把握するために、富士通時代も含めてほぼ毎月、多い時は週に2~3社面接を受けていました。2007年頃には当時六本木の雑居ビルに入っていたグリーにも行きましたし、筑波にある宇宙開発の事業所にも行きました。そうやって転職活動を続けてきたことで、自分がどんなエンジニアで、何がしたいのか見えるようになってきました。
 
 
―自己分析と転職活動を続けることで自分のキャリアが明確になってきたと。

そうですね。それに加えてここ数年は副業をしたり、本を書いたりしてきたことでかなり明確になってきました。

具体的にいま考えているのは、プログラミング教育NPO法人の起ち上げです。NPO法人に賛同してくれる人から資金を集めつつ、たとえばディレクターからエンジニアへジョブチェンジしたい人などに向けたプログラミング教室を運営したいと思っています。

教育にはお金と時間がかかる分、営利目的だと限界があります。エンジニアとして学習曲線が上がるタイミングは誰にでも訪れるんですが、利益を前提にした集団教育だとコストがかかるし、人によっては学習曲線が上がるまで待ちきれないんです。あくまで採算度外視で、1on1で丁寧に教える場が必要かなと。

もともと教師を目指したこともありますし、大学での体験、フランチャイズ事業の会社での経験を振り返っても、この考えは自分のなかで一貫しています。
 
 

「今いる場所で勝たないと無理」

―今の会社でメンバーと1on1をする時はどのように話を進めますか?

人によりますが、相手のバックグラウンドや性格がわかっていれば、あくまで自分の意見として「あなたにはこれが向いている」、「君はここが課題だから、もっとこうした方がいい」とはっきり言います。

バックグラウンドや性格がわからない場合は、まずじっくり話を聞きますね。本人が抱えているトラブルや悩みごとについてきちんと理解できれば、アドバイスすべき点が見えてくるので。

ただ1つだけ必ず言うのは、「今いる場所で勝たないと無理」ということ。今の職場で認められていないのに環境だけ変えても本質は何も変わらないので、本人が今の場所でどうやったら評価されていくのかアドバイスしていきます。

成果が出せずに悩んでいる人に対しては、具体的にどういった手を打っているのか聞きます。自分の弱点・課題を捉えたうえで動いている人なのか、ただの愚痴・他責で終わっている人なのか見極めるのも大切です。
 
 

―メンターとしての竹馬さんご自身の強みは何だと思いますか?

SESとしての客先常駐から内製、内製から新規事業の立ち上げという経歴を歩んできたので、そういったキャリアパスについてはアドバイスできると思います。

あとは、技術選択と副業ですね。最近の実務ではデータエンジニア寄りになっていますが、Rubyの本も書いていますし、ここ数年副業をやっているので、エンジニアとしてどういった技術を伸ばすべきか、本業と副業をあわせたうえでどんなキャリアパスを描いていくか、そのあたりもアドバイスできるはずです。

ただ、自分として何より大切にしたいのは、人を前向きにさせること。性格と人柄をふまえ、本人が気づいていない部分も含めてモチベーションを引き出す。教育に興味があるのもそこで、「明日からこれに挑戦しよう!」と思わせるのは比較的得意だと思います。
 
 

―周りからはどんな人だと言われますか?

豪快キャラみたいに思われているかもしれません。いい意味か悪い意味かはわかりませんけど、「賑やかでエンジニアっぽくない」、「よく喋る」とかは言われますね。

ただ、私自身はエンジニアの本質は課題解決で、相手の課題を理解する力は必要だと思っています。本来はコミュニケーションのプロであるべきだと。
 
 

―趣味は何ですか?

金融投資と政治経済は好きです。世の中の仕組み全体に興味があって本もよく読みます。あとは、お酒、麻雀、カラオケですかね(笑)
 
 

―お忙しいなかありがとうございました!

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